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突然の話ですが、人生で一番精神的に辛かった時期っていつですか?
就活時期や浪人時期等、人によって様々な理由と背景があることでしょう。
自分はというと、断然中学生高校生の頃。
中学受験をして私立の中高一貫女子校に通っていたのですが、その頃の六年間が自分の中で一番きつかった・・・。

と言っても、なにもひどいイジメに耐えたとか暴力に会っていた、とかそこまでヒドイ話では全然ないんですけどね。
もしそんな境遇を耐えてきた方々がこの記事を読んで、こんな甘っちょろい経験談で、辛ぶってんなふざけんな、とか思ってしまったならばその際は何卒ご容赦ください。

基本ぼっちだった

昼休みになると、みんなワイワイ好きな人同士がグループになって席を移動してお弁当やパンを食べる。
大概の生徒は、昼休みが学校の時間割の中で一番自分が自由にいられる好きな時間だと言うだろう。
しかし私にとっては昼休みが一番の苦痛だった。つまらない古文の授業を45分でも90分でも聞いていた方がずっとマシだと思った。
私は一人教室を飛び出し、人気のないトイレの個室に入ってお弁当を食べていたのだった。いわゆる便所飯(ランチメイト症候群)というやつね。

便所飯(ランチメイト症候群)に陥った理由

社会人になった今は別に一人で昼食を摂ろうがどう見られるかなんて全く構うこっちゃないが、学生時代は違った。
一人ぼっちでいることは
とてつもなく辛くて
とてつもなく居場所がなくて
とてつもなく自分は社会不適合者なんだ
という自己否定感が強かった。

それはなぜかと考えると、
同じ性別で同じ学年で同じ制服を着て同じ勉強をして・・・とにかく全てが同じ、ある意味平等の立場で人間が集まっている場でそこに馴染めない自分は、やっぱり何かみんなとは違う欠陥がある人間なんだなという考えにどうしても至ってしまうから。

と言っても友達が全くいなかった訳じゃなく、例えば「何人グループ作って〜」なんて時はギリギリ滑り込ませてくれる程度に仲良くしてくれる優しい子達はいた。
本当にありがたかった。でも、そんな子達に
「昼休み、一緒にお弁当食べる人いないんだ。だから一緒に食べて良い?」
と打ち明ける勇気が私には出なかった。

まず、せっかく好きな子達ですでにグループが作られているのに、私が入ることによってその輪を乱すことになることが目に見えて申し訳なかったし、何よりも
友達がいない自分というのを周りに知らせたくなかった。
自分の中だけで押し込めておきたかったのだ。

そんなもんだから、一人でいる姿を隠すため、昼休みの私の行き先は自然にトイレになったのだった。

トイレでお弁当を食べたら時間が余るので、図書室で漫画や雑誌を眺めて時間を潰したり。
登下校も当然一人。
電車通学だったが、なるべく一人の姿を見せたくない為に、わざと一駅遠い駅を使って通学していた。

そんな誰のためでもないアリバイ工作みたいなことをする毎日。身も心もひどく消耗する日々だった。
家について自分の部屋に入って制服を脱いだらすーっと脱力してしまい、ベッドに突っ伏して何もする気力が起きなかった。なので友達と遊びほうけてもいないのに成績が悪かった(笑)

自分は友達がいない訳じゃない、一人でいたいだけの人なんだ、と思い込むこもうとしたけれど、そんなの強がりだとはっきり分かっていたことだから、意味のないことだった。

今のぼっちって昔と違うのかなとも思う

私が学生だった頃は携帯電話をやっと学生でもちらほらと持ち始めた位でネット環境も全然整ってなかった。バーチャルな関係なんて初期の「2ちゃん」や「あめぞう」とか?
それも当時はあんまり詳しく知らなかったけど。

今は全然違いますよね。
匿名で心の内を自由につぶやけるブログやツイッターが個人レベルで自由に扱える。
いじめを受けた人ややぼっちの人たちの経験談なんかも沢山収集できる。
それを見ていると、なんだ自分だけじゃないんだ、って思えることはとても心が軽くなるんじゃないかって思う。

少なくとも昔の自分が求めていたことは、誰かからの共感だったから、余計にそう思うのだ。

少し前に鎌倉の図書館のツイートも話題になったよね

ぼっちキャラの有名人もいっぱいいる(ビジネスぼっち含む)

ぼっちやコミュ障を全面に売り出す有名人も今では本当に沢山いる。
しょこたんやでんぱ組.incの古川未鈴ちゃんとか。
マイノリティーさが世間でも認められるようになって(例えばオタクとかもね)、むしろそれが唯一無二の個性として、キャラ付けの一環として一部難あり的なタイプでも武器にできる時代なんだなと思う。

中学高校を乗り切ったらあとは天国だった

で、ここからが本題なのだが、中学高校そんな感じだったから、その後の人生もそりゃまー悲観的だった。
大学に行っても友達はできず、就活はどうなることやら。結婚も出産もできないだろうと思っていた。
が実際はどうなっただろう。

確かに大学でも友達は相変わらずあまりできなかった(笑)
成人式もぼっちで誰とも一言も会話をせず。
大学の卒業式も以下同文。
卒業旅行なにそれおいしいの?

でも就活は四年生でスロースターターだったけど大手企業になんだかんだで就職できた。(音大だったけど一般企業に就職して本当に良かったと後ほど痛いほど実感することに)


そしてその後の社会人としての人との関わり合いは学生時代に比べてなんと楽なことか
たまに休日の予定とか聞かれて「あ、友達と◯◯してました」なんてエア友達を出したりはするけど、中高時代のアリバイ工作の日々に比べたら屁でもない。

幸運にも彼氏ができて結婚もできた

社会人になって人生初めて彼氏ができた。
やっと人並みだと内心ホッとした。
そしてこれ逃したらマズイと思い、嫁にもらってもらった。
結婚式が、ぼっちの身としては人生一番の鬼門であったが、親族のみの神前式を選択したのでクリアできた。

そして子供も産まれた。


子供が産まれたらいよいよもう私は一人じゃないんだという気持ちがうまれ、もうぼっちとかコミュ障とか自分の中で存在しなくなった。
ただでさえ子どもがいると、知らない人と話したりする機会も増えるしね。

まあ、たまに例えば支援センターとかの行事で「あ、今自分ひとりだな」って感じることもありますが、「あ・・・この感覚懐かしい///」って位にしか感じないです(笑)

中高時代の辛い日々でプラスになったことは沢山ある

心が強くなった。これは確実に言える。↑上記の支援センターの話にしかり、例えば陣痛の時も、学生時代の辛さに比べたらマシ、とイメージトレーニングして乗り切った。


仕事とかで辛い時でも、学生時代のあの時の辛さを乗り越えたんだから大丈夫、と常に思える。おかげさまで入社してもう10年位になる。まあ、でも就活で「ぼっち経験で忍耐力を磨きました」なんて自己アピールできないけどね。

人の辛さにも多分敏感な方だと思う。自分で言うのもなんだけど。

また、これから子どもがもし友達関係で難しい年頃になったら、臆することなく自分の体験談を話そうと決めている。別にそうしたところで何の役に立つかは謎だが、辛いことがあったら少しでも相談して欲しい。一緒に考えたい。かつて自分も悩みを持っていたんだよ、ということを伝えたい。

また、このブログについて。別に誰に頼まれたわけでもない自分が作りたいから作ったブログ。
当然知り合いもいないし、壁に向かってひたすら一人キャッチボール状態がしばらく続いたけど別に辛くなかった。シェアされなくて凹むとかも特にない。一人は慣れっこ。通常運転。
でもそんなスタンスで始めたブログなのに、いつの間にか毎日数百人は見に来てくれるようになり、それだけでもう飛び上がるくらい嬉しい。あなた方は神か。
一人一人に深々とお礼したいレベル。

と、とにかくここまで勢いで書きなぐった。
まとめると、

とにかくもうなんでもぼっちの経験をひっくるめてすべてまるっと肯定的に生きると決めたのだ。

だから、言える。

わが「ぼっち」の生涯に一片の悔いなし。

と。

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