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中学受験をして、そこまで偏差値は高くない関東圏内のキリスト教系中高一貫女子校いわゆるミッションスクールに通ってました。

ちなみに今は31歳wおいおい何十年前の話だよって感じですが;

ちなみにキリスト教と言っても「カトリック」と「プロテスタント」と「イギリス正教会」・・・さらには何々派など大きく分けると全く違いますが、私の通っていた学校は「プロテスタント」でした。(掲げる十字架にイエス様がいない方、神父様じゃなくて牧師様の方)

まあ普通の日本の中高なので、授業内容とか全く普通なんですが、ミッション系であるがゆえ変わっているところもありました。

ミッションスクール(ミッション系学校)とは?

多くのキリスト教主義学校は、明治維新直後に欧米諸教会の伝道局(ミッションボード)により設立されたことから、「ミッションスクール」と呼ばれていた。 その後、日本人キリスト者による自主運営に移管され、ミッションからの独立が進んだ今日でも、キリスト教系学校の総称として「ミッションスクール」が定着している。

wikipedia「キリスト教主義学校」より

私が通った学校も英国人の方が作られた学校でした。

毎日礼拝の時間があった

毎日必ず二時限目と三時限目の間の20分間に礼拝の時間がありました。

構内に全校生徒が収容できる礼拝堂があり、全校生徒で集まって行ったり高等部と中学部で分かれて行ったり、学年ごとやクラスごと教室にて行ったり。

礼拝堂での礼拝は教師が司会・講話をしますが、クラスごとだと生徒自身が交代でそれらを行ったりしてました。

この講話を考えるのが億劫で億劫で・・・。身近にあった「深イイ話」的な話題を膨らませてなんとか講話を作っていました。

日曜日に教会へ行くことが一応義務づけられていた

「必ず日曜日はできる限り教会へ行くこと」

が生徒規則としてありました。
しかし実際のところ毎週行っていた人はマレだったようです。(例えば実家が敬虔な信者の家庭とかの人はちがったのでしょうが)

うちは両親が教師というのもあり、

「必ず先生の言うことは守るのよ!!」

が徹底されていたため、ほぼ毎週高校を卒業するまで通ってました。

ちなみに自分の家は親戚が臨済宗のお寺なんですがね・・・。

聖書の授業があった

聖書の授業がありました。ちゃんと中間テスト期末テストもあり、勿論成績表にも載ってました。

聖書のタイトル(創世記とか出エジプト記、とか)を覚えることから始まり詩篇の暗唱、旧約聖書・新約聖書の出来事など。

私は聖書の授業は割と好きで、特に旧約聖書の冒険話的な所とか(モーゼの部分とかね)神話+世界史みたいな話が面白いと感じていました。

一人一人必ずMY聖書MY賛美歌を持っている

ちなみに私の聖書と賛美歌。カバーは母が作ってくれました。中1の頃から変わらずこのまま。

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もう全然読まないし引越しの時に捨てようか迷いましたが、結局捨てずに10数年たった今でも持ってます。

小学校組と中受組のそこはかとない差を感じる

付属の私立小学校があって、生徒の半数くらいはエスカレーターで上がってきていたのですが、特に中1の頃はなんとなくの格差を感じていました。

やっぱりエスカレーター組の子は裕福そうな子が多かったです。・・・まあ、私立なので中受組だってそこまでの差は無かったはずですが。

高校生くらいになったらあまり気にしなくなりましたけどね。

神様・聖書の言葉は信じるのに目の前の生徒の言葉を信じない教師がいる

勿論みんな良い先生だったんですけどね、一部ん?と思う方はいらっしゃいましたよ。まあ、変な先生なんて古今東西どこにもいるもんですがね、

聖書には「目に見えないことを信じなさい」という言葉が載ってはいますが、

イエスキリストの復活は信じるのに目の前の生徒の言葉を信じないって、どういうことよ?

って言う。矛盾してるなと思う教師がいました。

私が好きな角田光代さんのエッセイにも同じことを書かれていてものすごく共感しました。

まとめ

自分はぼっちで友達が上手に作れなかったため、あまり良い思い出はないのですがw

普通に楽しく学生生活を送っていたとしたらとても良い学校だったと思ってます。

ところで話題は変わりますが、他の出版物を引き離して「聖書」は毎年のベストセラー書物。世界一読まれている「本」。

「読み物」として一度は読んでみる価値はあると思います。

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